チューダー朝記事一覧 ― 2014年12月30日
2014年12月30日までのチューダー朝関連の記事のリストです。
チューダー朝弁護士シャードレイク
Wolf HallがTVドラマに
2013年
ウルフ・ホール
2012年
冬の王ヘンリー7世(その2)
The Tudors にもはまってみた
冬の王ヘンリー7世
チューダー朝弁護士シャードレイク ― 2014年12月30日
一作目よりも二作目、二作目よりも三作目の方が面白い。たとえば、一作目の舞台は地方のとある修道院の中がほとんどなのだけど、二作目はロンドン市街が舞台になって、テムズ川の両岸を行ったり来たりする。三作目は、ヘンリー8世の北部巡幸に随行する形で、ロンドンからヨークまで行動範囲が広がる。
暗き炎 上・下 (原題: Dark Fire)
支配者 上・下 (原題: Sovereign)
いずれも、C. J. サンソム (C. J. Sansom) 集英社文庫
逆にいうと、一作目はちょっと華やかさに欠けると言えるかも。でも、後の楽しみを思って、ぜひ一作目から読んでほしい。
この時代の主なキャラクターがしっかり出てくるのも嬉しい。一作目と二作目はクロムウェルの時代で、アン・ブーリンもジェーン・シーモアも亡くなっていて、アン・オブ・クレーヴスが人々の話題に上っている。三作目になると、クランマーが登場し、キャサリン・ハワードやトーマス・カルペパーも顔を出す。チューダーズなら、シーズン3の後半からシーズン4の初めあたり。
キリスト教の改革派と教皇派の争いは、チューダーズやウルフ・ホールでも出てくるけれど、この小説の中ではもっと深刻な対立として描かれる。相手が改革派なのか教皇派なのかを確かめずには誰とも何も話せない、そんな雰囲気の社会が描かれている。階級が違う相手に逆らうのは大きな危険を伴う、厳しい階級社会だ、というだけで面倒なのに、さらに宗派の対立を気にしなければいけないのはなんとも鬱陶しい。だけど、それがチューダー朝のドラマの魅力。あー倒錯してる。
主人公のマシュー・シャードレイクはロンドンの弁護士。能力の高さと、熱心な改革派であることを買われて、トマス・クロムウェルから重用されている。これは一作目の設定で、その後クロムウェルとの関係は色々変わる。一作目でも、クロムウェルの仕事ばかりしているわけではなく、一般の依頼人からの仕事も色々受けている。「亀背」とか「背曲がり」と言われる体格で、荒事には向かない。探究心と正義感が強い。詮索好きで融通が利かない、ともいう。だけど、それがシャードレイクの魅力。
どの話にも、魅力的なサブキャラクタが出てきて、何人かは以降の話にも出てきて引き続き活躍する。ただ、どのキャラクタがそうなるのかは一見して明らかではない。同じくらいシャードレイクと密接に関わる人物が何人も出てきて、そのうち誰が次の話にも出てくるのか、読んでいる間は予測がつかない。ので、実在の人物はさておいて、シャードレイク以外の誰の話をしても、ネタバレになってしまう。
このシリーズを出している集英社文庫にはもっと頑張ってほしい。うちの近所の本屋には、集英社文庫自体あんまり置いてない。中でも海外翻訳ものは少ししかない。カルロス・ルイス・サフォンの本が何冊か置いてあることが多い。三作目の「支配者」は今、新刊なので、さすがに平積みだったり書棚でも表紙が見えるように置いてあるけど、一作目と二作目は近所の本屋では見つからず、アマゾンで買いました。
さて、チューダーズと同じ時代の話とはいっても、あっちは宮廷のドラマなのに対し、こちらは宮廷人に使える身分の人々の話で、当時のより普通の人々の様子が出てくる。普通の人々とは言っても、主人公は弁護士で、当時でもかなり社会的に強い立場にいるのだけど、仕事柄、職人街にも酒場や怪しげな宿にも出かけて、色んな階層の人々とやり取りする。チューダーズは、もちろん宮廷の華やかさを描いたところが良さなのだけど、庶民の様子が感じられるサンソムの世界もまた素晴らしい。
また、そのとき、なくてはならない乗り物として馬が使われる。当時の馬は、今の自家用車とほぼ同じ役割を果たしていて、街乗りにも使えば、遠出にも使い、今どこに行っても駐車場もあればガソリンスタンドもあるように、当時はどこにいっても馬屋があり、馬屋番がいて、飼葉を食わせる場所がある。そういう、馬を使うための社会インフラがさりげなく描かれている。あまり他では見かけたことがないので、楽しかった。
ところで、このシリーズ、巻を負うごとに厚くなる。一作目は一冊で600ページ弱、二作目は上下巻で、それぞれ400ページ弱、あわせて800ページ弱。三作目になると、やはり上下巻で、それぞれ480ページ弱と420ページ弱、あわせて900ページ。
英語では、6作目まで出ているそうだ。翻訳を待つかどうか、迷ってます。 Game of Thrones の Book 5 を読み終わったら読もうかな。こらっ、逆光はどうした。いやそれより The Barock Cycle......
ウルフ・ホール (Wolf Hall) がTVドラマに ― 2014年11月16日
嬉しい。すごくうれしい。見られるようになるのが待ちきれない。まだ、イギリスでも放送は始まっていないけど、それがDVDになって日本から買えるようになるまで、あとどのくらいかかるだろう。来年の夏頃には入手できるかな。
Wolf Hall (TV Mini-Seriese) (邦題未定、ウルフ・ホール)
たまたま、imdbで Damian Lewis を調べていて見つけたんだ。 Damian Lewis は、バンド・オブ・ブラザーズのウィンターズ少佐の役をやった人。まぁ主人公といってもいいでしょう。群像劇なので、主要登場人物は何人もいるのだけど。
Damian Lewis の出演作品のリストをぼーっと眺めていたら、あれ、Wolf Hall があるぞ。これはまさか、ひょっとして。
imdb の Wolf Hall のページに行って、登場人物と俳優の一覧を眺める。主役のトマス・クロムウェルの配役が見当たらない。けど、サフォークとかノーフォークはいるなぁ。シーモアとかいるなぁ。あ、スティーブン・ガーディナーがいる。この俳優の顔は見たことあるぞ。 Mark Gatiss って、SHERLOCK のマイクロフトじゃないか!!おおお。
ふむふむ、あ、やっぱりアン・ブーリンがいる。マーク・スミートンもいるぞ。ジョージ・ブーリンもいるし、あ、アン・クロムウェルって役で子役が出てるぞ。ああああ、トマス・モアがいるー!
そのすぐ後ろにいる Damian Lewis は、えーっ、ヘンリー8世なのか。これはまた、人の良さそうなヘンリー8世だなぁ。
おお、ウルジーもいる。ウルジー、ああウルジー。 Jonathan Pryce って何やったひとだっけ。
そして、ついにトマス・クロムウェル発見。 Mark Rylance? なんだか聞き覚えがあるぞ。えーと、これは、あれだ。昔ロンドンに遊びに行ったときに、 Apollo Theatre で見た舞台劇 Jerusalem の主人公をやってた人じゃないか!
"And did those feet in ancient time..."
たまりません。
ウルフ・ホール ― 2013年02月03日
以前、俺はトマス・クロムウェルみたいな奴だと言ったな。あれは嘘だ。
Wolf Hall Hilary Mantel Fourth Estate Ltd.
(邦題:ウルフ・ホール (
上
・
下
) ヒラリー・マンテル 早川書房)
いや、ほんともう、済みませんでした。こんなすごい人に似てるわけないです。
チューダーズを見てる限りでは、なんとなく王に対する媚びとへつらいだけで出世したような感じにも見えたのだけど、この小説、ウルフ・ホールの中では、有能さの限りを尽くした人として描かれています。しかも、人格もまともで、人間味にも不足がない。
法律家であり、弁護士として弁も立ち、庶民からも貴族からも、金策を含めたあらゆる相談事を受けて解決してやる。新約聖書を丸暗記しているといわれる程、キリスト教の教義にも詳しく、かつ教会のしきたりにも、その腐敗にも通じている。
ようは段取りがいいというか、彼にやらせると大きなイベントの手配などが手抜かりも滞りもなく、とり行われるわけです。
生まれはウェールズの鍛冶屋の息子で、乱暴な父親に殺されかけて、少年のうちに家出。若い頃は傭兵としてフランス軍に参加してイタリアに攻め込んだりしていて、体格もよければ戦場での白兵戦経験もある。青白い学者タイプではない。
のち、オランダあたりで商売の経験も積んだらしいのだけど、詳しいことは不明。それならそのまま商人になっても成功したろうに、なぜか帰国。いつ学識経験を得たのかよく分かっていない。
ヘンリー8世の元で権勢を振るった枢機卿トマス・ウルジーに側近として仕える。生まれが卑しい、と、貴族からは見下される。ウルジーが王の寵を失って凋落しても、最後まで忠義を尽くす。
ウルジー、ああウルジー。チューダーズで最初みたときは唯の欲得まみれのおっさんに見えたのに、今ではなんだかすごく共感を誘う。運命の理不尽さと予見し難さ、人生万事塞翁が馬、果敢に暴れ馬を乗りこなすことに挑戦し、一度は手なずけたように見えたが、最後は振り落とされたおやじ。クロムウェルはこの師の足跡を、振り落とされるところまで忠実にたどってしまう。
ウルジーに代わって王の信頼を得て、めきめき出世しても、かつての政敵に報復したりはせず、彼らがクロムウェルを頼ってくれば他の依頼人同様に助けてやる。もっとも、その時には見下されていた昔を思い出して苦笑したりするのだけど。
ただし、トマス・モアが処刑されるに至ったのは、クロムウェルが書いた、王の権力を教会より上に置く法律への同意の宣誓を、モアが拒み通したからなので、間接的にクロムウェルがモアを殺したともいえる。とは言っても、死刑宣告を下したのはロンドン市民からなる陪審員たちで、クロムウェルではないし、モアはモアで、プロテスタントを異教徒として摘発して、教皇の権威を認めない彼らを大勢火刑に処している。
なんでこんなヒーローが日本ではほとんど知られてないんだろう。トマス・モアの方がまだずっと知られてるよね。モアは「ユートピア」書いてるから教科書に出てくる。きっとそのせいですね。
前にも書いたように、クロムウェルも結局は失脚するのだけど、ウルフ・ホールではそこまで話が行かず、ウルジーの没落、モアの刑死と、それと平行してクロムウェルが高位に上り詰めるところまでで終わります。で、やっぱり3部作にするらしい。2作目は、英語ではもう出版されている。 Bring Up the Bodies これも読みたいけど、英語版に手を出すのはやっぱりちょっとためらう。クロムウェルの失脚は3作目に持ち越される様子。
クロムウェルには、同年輩の仲間はあまりいなくて、目をかけてくれる上司(ウルジー、王)と、息子同様の歳若い、優秀な部下たちがいる。味方といえるのはクランマー司教ぐらいで、王のもう一人の側近スティーブン・ガーディナーは仇敵、モアとは宗教観の違いから相容れない、ノーフォーク、ブーリン、サフォークたち貴族からは見下されている、スペイン大使シャプイとも職務上利害が対立するが、シャプイとは、それぞれ皇帝や王のわがままに振り回される身、という共通点から、プライベートでは家に招いて食事をする仲。あー、なんかこの辺も、クロムウェルにわが身を重ねて考えたくなる理由。
スペイン大使ユースタス・シャプイはチューダーズでも好感度の高さで一二を争うキャラクタだと思いますが、ウルフ・ホールでもそうです。ただし、チューダーズでの好感度は、キャサリン王妃やメアリ王女への親身な態度から来てると思いますが、この本だとあまり彼女たちとのやり取りは出てきません。
チューダーズにはまった人は、安心してウルフ・ホールにもはまれると思います。だいたいどの人物もどちらでも同じような描かれ方をするので。あっちで極悪人だった人がこっちでは善人に、ということはありません。
仕事のし過ぎで体調を崩し、原因不明の高熱を発してクロムウェルが家で静養を余儀なくされると、なんとヘンリー8世がじきじきにクロムウェルの家を見舞いに訪れます。王が、貴族でもない個人の家を。粟粒熱が流行ったときにはロンドンにもよりつかなかったヘンリーが病人の館を。家族や住み込みの部下達はせいいっぱい着飾って王を向かえ、王が極めて上機嫌で親しみやすく皆に接することに驚きます。
史実にあることかどうか知りませんが、クロムウェルに対する王の評価が上がる所まで上がったのを示す、下巻の巻末近くの晴れがましいエピソードです。
主人公が順調に立身出世する物語が好きな人、ほら、そこの君のことだ。読んでみたら?
冬の王ヘンリー7世(その2) ― 2012年07月26日
例の本を読み終わったので、少し続きを書いてみる。前回までのあらすじは こちら
そうそう、サフォークが目の上のたんこぶだ、って話だった。王位継承権があるようなないようなサフォークは、大陸に渡って、神聖ローマ帝国の皇太子、ブルゴーニュ公フィリップの庇護の下、オランダあたりでヘンリー7世打倒の隙をうかがってました。
フィリップはずっと金欠で、当時ヨーロッパ一金回りの良かったヘンリー7世に普段から色々資金援助を受けてましたが、あるとき、フィリップにスペインのカスティリアの王位継承権が回ってきます。当然カスティリアに王として乗り込みたいわけですが、そのための旅費すらない。で、いつものようにヘンリー7世に費用を借りて、オランダからスペインに向けて船で出発します。
ところが、フィリップの船は嵐に襲われ、マストの折れた船は、イギリスの南岸に漂着します。ニンマリするヘンリー7世。
直ちに、最大限の敬意を払った歓迎の準備が施され、かなり内陸に入ったところにフィリップ滞在のための美しい館も用意され、そして親善のための馬上槍試合が開催されます。フィリップは当時ヨーロッパ中で名高い騎士の一人で、ヘンリー王子、のちのヘンリー8世はフィリップに直接会えて大喜びだったらしい。今でいうならサッカーのスター選手に会えたようなもの。
ヘンリー7世は、丁重にフィリップをもてなしつつも、この先の旅費を用立てるかどうかは、サフォークの扱い如何にかかっていることを、きっちりフィリップに分からせます。
サフォークはオランダからイギリスに引き渡され、ロンドン塔に押し込められます。ヘンリー7世は彼を殺しませんでしたが、ヘンリー8世が王位について間もなく、処刑命令を出します。
で、王位争奪とか外交関係の話は実はこの辺までしかあんまりない。リチャード3世を倒して王になってからは、戦争するほど馬鹿じゃない、というタイプの王様だったみたいです。
その代わり、結構詳しく書いてあるのは、いかにして彼が臣下から金をしぼりとったか、ということ。あのう、税金とかそういうストレートなやり方じゃなくて、もっとねちねちとしたやり方だったそうな。
王の重臣たちが、 Council learned という非公式組織をつくり、ここのメンバーがありとあらゆる古文書を調べて、もう誰も覚えていないような古い法律や、古い証文を見つけては、それを根拠に金を持ってそうな貴族や市民に王の名前で召喚状を出します。これは応じないわけにはいかない。で、呼ばれた人が顔を出すと、全く一方的に「お前はこれだけの額、王に債務がある」と言い渡される。抗議すると、「王命に逆らうなら、新たに罰金を課す」と、債務が増えちゃう。執拗に抗議すると、そのまま牢獄に直行。
当時のイギリスは、王も法律に従う伝統が長くあって、王様が言えばなんでもできる国ではないはずだった。のだけど、実際にはこの辺からイギリスも絶対王政に向かい始めたようです。なにせ、 Council learned は、法律専門家の集団で、多分イギリス最強の法律家が集まっている。その上、王の名前で告発されているとなると、 Council learned の被害者の訴えを取り上げる裁判はまったくなかったそうな。
このヘンリー7世の集金メカニズムの中で、一番熱心に働いていたのが、エドモンド・ダドリーと、リチャード・エンプソンの二人。が、彼らはヘンリー7世から8世の治世にうつるタイミングで流れを読み間違えます。ダドリーとエンプソンの上司にも当たったリチャード・フォックスに陥れられて、彼らは反逆罪で告発され、処刑されます。ヘンリー7世時代の非道な集金マシンのシンボルとして。
ヘンリー8世の御世は7世のときと違って、裁判もなしに秘密の部屋で一方的な扱いを受けたりしない、透明性のある明るい社会。それがヘンリー8世が王位について直後の触れ込みだった。でも、集金メカニズムは生き残り、フォックス以降、次々と変わるヘンリー8世の重臣たちによって完成度を高められていったとさ。この重臣たちの名前もなんだかこの本を読んだり The Tudors を見てるうちになじみ深くなってしまった。
トマス・ウルジー、トマス・モア、そして トマス・クロムウェル。
「ヘンリー8世の三大トマス」として名高い(多分)連中の話をもっと色々読んでみたい。