ウルフ・ホール2013年02月03日

以前、俺はトマス・クロムウェルみたいな奴だと言ったな。あれは嘘だ。


 Wolf Hall Hilary Mantel Fourth Estate Ltd.
 (邦題:ウルフ・ホール ( ) ヒラリー・マンテル 早川書房)


いや、ほんともう、済みませんでした。こんなすごい人に似てるわけないです。


チューダーズを見てる限りでは、なんとなく王に対する媚びとへつらいだけで出世したような感じにも見えたのだけど、この小説、ウルフ・ホールの中では、有能さの限りを尽くした人として描かれています。しかも、人格もまともで、人間味にも不足がない。


法律家であり、弁護士として弁も立ち、庶民からも貴族からも、金策を含めたあらゆる相談事を受けて解決してやる。新約聖書を丸暗記しているといわれる程、キリスト教の教義にも詳しく、かつ教会のしきたりにも、その腐敗にも通じている。


ようは段取りがいいというか、彼にやらせると大きなイベントの手配などが手抜かりも滞りもなく、とり行われるわけです。


生まれはウェールズの鍛冶屋の息子で、乱暴な父親に殺されかけて、少年のうちに家出。若い頃は傭兵としてフランス軍に参加してイタリアに攻め込んだりしていて、体格もよければ戦場での白兵戦経験もある。青白い学者タイプではない。


のち、オランダあたりで商売の経験も積んだらしいのだけど、詳しいことは不明。それならそのまま商人になっても成功したろうに、なぜか帰国。いつ学識経験を得たのかよく分かっていない。


ヘンリー8世の元で権勢を振るった枢機卿トマス・ウルジーに側近として仕える。生まれが卑しい、と、貴族からは見下される。ウルジーが王の寵を失って凋落しても、最後まで忠義を尽くす。


ウルジー、ああウルジー。チューダーズで最初みたときは唯の欲得まみれのおっさんに見えたのに、今ではなんだかすごく共感を誘う。運命の理不尽さと予見し難さ、人生万事塞翁が馬、果敢に暴れ馬を乗りこなすことに挑戦し、一度は手なずけたように見えたが、最後は振り落とされたおやじ。クロムウェルはこの師の足跡を、振り落とされるところまで忠実にたどってしまう。


ウルジーに代わって王の信頼を得て、めきめき出世しても、かつての政敵に報復したりはせず、彼らがクロムウェルを頼ってくれば他の依頼人同様に助けてやる。もっとも、その時には見下されていた昔を思い出して苦笑したりするのだけど。


ただし、トマス・モアが処刑されるに至ったのは、クロムウェルが書いた、王の権力を教会より上に置く法律への同意の宣誓を、モアが拒み通したからなので、間接的にクロムウェルがモアを殺したともいえる。とは言っても、死刑宣告を下したのはロンドン市民からなる陪審員たちで、クロムウェルではないし、モアはモアで、プロテスタントを異教徒として摘発して、教皇の権威を認めない彼らを大勢火刑に処している。


なんでこんなヒーローが日本ではほとんど知られてないんだろう。トマス・モアの方がまだずっと知られてるよね。モアは「ユートピア」書いてるから教科書に出てくる。きっとそのせいですね。


前にも書いたように、クロムウェルも結局は失脚するのだけど、ウルフ・ホールではそこまで話が行かず、ウルジーの没落、モアの刑死と、それと平行してクロムウェルが高位に上り詰めるところまでで終わります。で、やっぱり3部作にするらしい。2作目は、英語ではもう出版されている。 Bring Up the Bodies  これも読みたいけど、英語版に手を出すのはやっぱりちょっとためらう。クロムウェルの失脚は3作目に持ち越される様子。


クロムウェルには、同年輩の仲間はあまりいなくて、目をかけてくれる上司(ウルジー、王)と、息子同様の歳若い、優秀な部下たちがいる。味方といえるのはクランマー司教ぐらいで、王のもう一人の側近スティーブン・ガーディナーは仇敵、モアとは宗教観の違いから相容れない、ノーフォーク、ブーリン、サフォークたち貴族からは見下されている、スペイン大使シャプイとも職務上利害が対立するが、シャプイとは、それぞれ皇帝や王のわがままに振り回される身、という共通点から、プライベートでは家に招いて食事をする仲。あー、なんかこの辺も、クロムウェルにわが身を重ねて考えたくなる理由。


スペイン大使ユースタス・シャプイはチューダーズでも好感度の高さで一二を争うキャラクタだと思いますが、ウルフ・ホールでもそうです。ただし、チューダーズでの好感度は、キャサリン王妃やメアリ王女への親身な態度から来てると思いますが、この本だとあまり彼女たちとのやり取りは出てきません。


チューダーズにはまった人は、安心してウルフ・ホールにもはまれると思います。だいたいどの人物もどちらでも同じような描かれ方をするので。あっちで極悪人だった人がこっちでは善人に、ということはありません。


仕事のし過ぎで体調を崩し、原因不明の高熱を発してクロムウェルが家で静養を余儀なくされると、なんとヘンリー8世がじきじきにクロムウェルの家を見舞いに訪れます。王が、貴族でもない個人の家を。粟粒熱が流行ったときにはロンドンにもよりつかなかったヘンリーが病人の館を。家族や住み込みの部下達はせいいっぱい着飾って王を向かえ、王が極めて上機嫌で親しみやすく皆に接することに驚きます。


史実にあることかどうか知りませんが、クロムウェルに対する王の評価が上がる所まで上がったのを示す、下巻の巻末近くの晴れがましいエピソードです。


主人公が順調に立身出世する物語が好きな人、ほら、そこの君のことだ。読んでみたら?


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