メイスン&ディクスン ― 2014年12月20日
全集の刊行が発表されたのが、2010年だったと思う。それで最初に出たのがこれだった。
メイスン&ディクスン トマス・ピンチョン 新潮社
読もうと思った理由は、色々ある。
大学にいた頃に、本屋でVだったか重力の虹だったかが平積みで置いてあるのを見かけて、なんだか気になっていたこと。多分、手にとってみたりもしたと思うのだけど、結局読まなかった。
大好きな、ニール・スティーブンスンのクリプトノミコンが、トマス・ピンチョンの本に似ている、とどこかで読んだこと。それで、大学の頃のことも思い出して、興味はもったのだけど、スティーブンスンのバロックサイクルを読むだけでも大変で、トマス・ピンチョンにまで手を出す余力はなかった。バロックサイクルは2巻まで読み終えて、3巻は途中のまま。
そうこうするうちに、時は過ぎ去って2010年、全集が出た。
これは凄い、と一冊も読んだことのない私がいう。トマス・ピンチョン全小説 http://bit.ly/9wZ628 学生の頃から気になって幾星霜。思い出したころには皆絶版だった。
— Touchi Aoba (@touchi_aoba) 2010, 6月 30
何かのお告げと信じて、メイスン&ディクスンと、逆光まで買った。それから4年、やっとメイスン&ディクスンを読み終わった。買ったときは、そんなにかかるとは思わなかった。でも、少し読んで積ん読にしてからは、読み終わる日がくるとは思わなくなった。
今年、色々生活が落ち着いて、家でまとまって本を読む時間を取る習慣が戻ってきた。で、メイソン&ディクスンの続きを読み始めたら、驚いたことに上巻を読み終わってしまった。これはいける、と思って、下巻も読み始めたら、最後まで読んでしまった。まぁ、数週間かかったけど。3年間積ん読だったのに。
急に読めるようになったのには、 Pynchon Wiki: Mason & Dixonをあわせて読み始めたから、ということもある。この Wiki には、各章について、いろんな注釈が書かれている。本自体にも注釈が入っているのだけど、Wikiが注釈をつけている語句と本の注釈が説明している語句は、当然ながら違う。その辺の、何に説明が必要で何には不要か、という見立ての違いが面白くて、本と並行してWikiを読み進めた。それで、却ってはかどった。
この本は小説なのだけど、全体を通したストーリーは割合どうでもいい。各章に、奇妙なエピソードや、薀蓄が語られていて、それをスナック菓子のようにボリボリむさぼって味わう本。スティーブンスンの本とは、確かにその辺が共通している。
メイスンとディクスンは、実在の人物で、星を精密に観測することで地上の地点の緯度経度を測定して、精密な地図を作る技術を持つがゆえに、イギリス政府から任命されて、まだイギリスの植民地だったアメリカの、ペンシルヴェニアとメリーランドの州境となる線を引いた。これは今も、メイスン・ディクスン線として知られている。
時は、アメリカ独立戦争勃発の十年ほど前で、ペンシルヴェニアの首都フィラデルフィアにはベンジャミン・フランクリンがいるし、ニューヨークにはジョージ・ワシントンもいる。そういう実在の人物に混じって、もちろん架空の人物も多数登場するのだけど、それどころか、人語を喋る犬や、料理人に付きまとう機械仕掛けの鴨、とかが、さも当たり前のように出てくる。
普通のストーリー小説やミステリを読むような意味で面白いわけぢゃないので、ミステリを読むとすぐ途中を飛ばして最後の謎解きを読んでしまう、そこの君にはお勧めしない。「結局何がどうなったか」はどうでもいい本なのだ。メイスンとディクスンは線を引き終えたに決まっている。
じゃぁ、細かいエピソードや薀蓄が興味深いかというと、この本の場合、1760年頃の北米植民地の歴史がネタなので、その辺の知識がないと、面白がれないところがある。だから、Wikiのお蔭ではかどった。
クリプトノミコンなら、歴史ネタとは言っても第二次大戦だし、エニグマ暗号と現代のITのネタもあるし、元々興味が続くのだけど、メイソン&ディクスンは、正直、そんなには乗れなかった。
逆光を果たして読むのかどうか、まだ分からない。でも本屋の棚では重力の虹が待ってるんだよな……
System of the world (バロックサイクル第三巻)を読むのが先だな。
チューダー朝弁護士シャードレイク ― 2014年12月30日
一作目よりも二作目、二作目よりも三作目の方が面白い。たとえば、一作目の舞台は地方のとある修道院の中がほとんどなのだけど、二作目はロンドン市街が舞台になって、テムズ川の両岸を行ったり来たりする。三作目は、ヘンリー8世の北部巡幸に随行する形で、ロンドンからヨークまで行動範囲が広がる。
暗き炎 上・下 (原題: Dark Fire)
支配者 上・下 (原題: Sovereign)
いずれも、C. J. サンソム (C. J. Sansom) 集英社文庫
逆にいうと、一作目はちょっと華やかさに欠けると言えるかも。でも、後の楽しみを思って、ぜひ一作目から読んでほしい。
この時代の主なキャラクターがしっかり出てくるのも嬉しい。一作目と二作目はクロムウェルの時代で、アン・ブーリンもジェーン・シーモアも亡くなっていて、アン・オブ・クレーヴスが人々の話題に上っている。三作目になると、クランマーが登場し、キャサリン・ハワードやトーマス・カルペパーも顔を出す。チューダーズなら、シーズン3の後半からシーズン4の初めあたり。
キリスト教の改革派と教皇派の争いは、チューダーズやウルフ・ホールでも出てくるけれど、この小説の中ではもっと深刻な対立として描かれる。相手が改革派なのか教皇派なのかを確かめずには誰とも何も話せない、そんな雰囲気の社会が描かれている。階級が違う相手に逆らうのは大きな危険を伴う、厳しい階級社会だ、というだけで面倒なのに、さらに宗派の対立を気にしなければいけないのはなんとも鬱陶しい。だけど、それがチューダー朝のドラマの魅力。あー倒錯してる。
主人公のマシュー・シャードレイクはロンドンの弁護士。能力の高さと、熱心な改革派であることを買われて、トマス・クロムウェルから重用されている。これは一作目の設定で、その後クロムウェルとの関係は色々変わる。一作目でも、クロムウェルの仕事ばかりしているわけではなく、一般の依頼人からの仕事も色々受けている。「亀背」とか「背曲がり」と言われる体格で、荒事には向かない。探究心と正義感が強い。詮索好きで融通が利かない、ともいう。だけど、それがシャードレイクの魅力。
どの話にも、魅力的なサブキャラクタが出てきて、何人かは以降の話にも出てきて引き続き活躍する。ただ、どのキャラクタがそうなるのかは一見して明らかではない。同じくらいシャードレイクと密接に関わる人物が何人も出てきて、そのうち誰が次の話にも出てくるのか、読んでいる間は予測がつかない。ので、実在の人物はさておいて、シャードレイク以外の誰の話をしても、ネタバレになってしまう。
このシリーズを出している集英社文庫にはもっと頑張ってほしい。うちの近所の本屋には、集英社文庫自体あんまり置いてない。中でも海外翻訳ものは少ししかない。カルロス・ルイス・サフォンの本が何冊か置いてあることが多い。三作目の「支配者」は今、新刊なので、さすがに平積みだったり書棚でも表紙が見えるように置いてあるけど、一作目と二作目は近所の本屋では見つからず、アマゾンで買いました。
さて、チューダーズと同じ時代の話とはいっても、あっちは宮廷のドラマなのに対し、こちらは宮廷人に使える身分の人々の話で、当時のより普通の人々の様子が出てくる。普通の人々とは言っても、主人公は弁護士で、当時でもかなり社会的に強い立場にいるのだけど、仕事柄、職人街にも酒場や怪しげな宿にも出かけて、色んな階層の人々とやり取りする。チューダーズは、もちろん宮廷の華やかさを描いたところが良さなのだけど、庶民の様子が感じられるサンソムの世界もまた素晴らしい。
また、そのとき、なくてはならない乗り物として馬が使われる。当時の馬は、今の自家用車とほぼ同じ役割を果たしていて、街乗りにも使えば、遠出にも使い、今どこに行っても駐車場もあればガソリンスタンドもあるように、当時はどこにいっても馬屋があり、馬屋番がいて、飼葉を食わせる場所がある。そういう、馬を使うための社会インフラがさりげなく描かれている。あまり他では見かけたことがないので、楽しかった。
ところで、このシリーズ、巻を負うごとに厚くなる。一作目は一冊で600ページ弱、二作目は上下巻で、それぞれ400ページ弱、あわせて800ページ弱。三作目になると、やはり上下巻で、それぞれ480ページ弱と420ページ弱、あわせて900ページ。
英語では、6作目まで出ているそうだ。翻訳を待つかどうか、迷ってます。 Game of Thrones の Book 5 を読み終わったら読もうかな。こらっ、逆光はどうした。いやそれより The Barock Cycle......
チューダー朝記事一覧 ― 2014年12月30日
2014年12月30日までのチューダー朝関連の記事のリストです。
チューダー朝弁護士シャードレイク
Wolf HallがTVドラマに
2013年
ウルフ・ホール
2012年
冬の王ヘンリー7世(その2)
The Tudors にもはまってみた
冬の王ヘンリー7世