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The Measure of Civilization2013年04月28日

手品の種は聞くと簡単そうに聞こえるが、実際やるには地道な苦労が必要だ。


 The Measure of Civilization Ian Morris Profile Books


少し前に出た、同じ著者の Why The West Rules - For Now (ブログその一その二) では、文明の発展度合いを過去一万五千年間に渡って数値で表し、その値を用いて東西の文明の過去と未来を比較し、また今後の行く末を論じていた。この数値 Social Development Index 「社会発展指数」が著者の議論の基礎にあり、その数値を信用しないことには議論が始まらないのだけど、それをどうやって著者が算出したのかについては、あの本の中には大まかな説明しかなくて、「詳しい情報はWebに載せてあるからそっちをみてね」になっていた。


さてこっちの本は、まさにその社会発展指数をどうやって算出したのかを全部説明した本で、あっちの本を補完するもの。なので、文明の発展に関する議論としては、前の本と違うことは言ってない。使ったデータとその扱いに関する説明、が中心。


なんだか、延々データが載ってて重さが1kgもあるようなゲーム攻略本みたい。うちの下の娘と甥が、モンハンの攻略本でどっちが詳しいのを持ってるか競争をして、両家とも何冊もレンガ本を買わされたりしたのはもう数年前の話か…


そういうわけで、たぶん重い本じゃないかと思うのだけど、分からない。Kindle版を買ったから。


それにあんまり頭から順番に読む本でもないかもしれない。本文はあまり長くなくて、全体の半分くらいしかない。残りは注釈と参考文献が4割、索引が1割。ゲーム攻略本と同じく、気になるデータを眺めて、次はああしようかこうしようか考えるのが楽しいはず。同じ業界の学者なら、突っ込み所を探すのが正しい使い方。著者の意図もそこにある。でも私は頭から最後まで順番に読みましたけどね。


自慢はさておき。まず、社会発展指数の概略を説明すると。エネルギー採取、組織化力、戦争遂行能力、情報処理能力、の4項目それぞれに250点ずつ割り当てて、その合計を取ります。各項目とも、西暦2000年の時点で世界最高レベルにある都市と同じレベルにあれば250点。なので、たとえば組織化力は基本的に都市人口で計っていて、西暦2000年における世界最大都市は東京なので、それが250点になる。


あ、それからこの本は西洋と東洋を比較することをテーマにしているので、特定の都市にずっと注目するのではなくて、それぞれの時代で西洋で一番発達した都市の点数を西洋の点数とし、おなじく東洋一発達した都市の点数を東洋の点数にしている。だから、2000年は東京の点が東洋の点になっていることが多い(戦争遂行能力を除く)のだけど、時代を遡るにつれ、長安とか洛陽とかの状況に注目することになります。


この本の捉え方では、東洋はだいたい黄河から始まる中国に代表されていて、最後の最後で日本にまで広がったりするのだけど、その間西洋はどんどん場所を変えます。西洋の始まりはヨーロッパではなく、中東にあって、そこから地中海、北西ヨーロッパに伝わり、最後には大西洋を越えて北アメリカが代表するようになります。


で、総じていえることは、まず、ものすごい作業量だったに違いない、ということ。ちょっと数えてみても、ここでカバーされている知見は、
東洋と西洋(それぞれ上で述べた幅広い地域)
過去一万五千年(最近三千年は一世紀ごと、それ以前は250年ごと、500年ごと、1000年ごと、と段々荒くなりますが)
4つの項目
についてそれぞれ数字を与える必要があり、一つ一つの数字の裏にたくさんの文献(場合によっては、文献があまりないことの確認)があるわけです。とっても学者らしい仕事だと思う。


古い時代の点数になると、正直に、「この時代の○○に関する知見は乏しいので、前後の時代の数値から補間した」と書いてあることが多い。でも、何かに関する情報が少ない、と書くためには、少なくともそれに関する主要文献は隅々まで読まないと、「手がかりはなかった」とは書けないわけです。で、今回この本で、著者は「私が確認したのはこの本だよ」ということを全部説明したので、同業者は突っ込み放題なはず。誠実な態度だと思います。


実際、この本を読んで分かったことの一つは、この著者が行った社会発展指数の値決めは、補間につぐ補間だということ。ただし、未知の区間で値がどう変化しえたか(どういう変化が現実的にありえたか)について、たっぷり注意を払って行った補間だった。ある時点の推定値をあまり低く設定すると、その後の期間に異常な速度での発展を想定する必要が生じる。高すぎれば、その後に異様に長い停滞を想定することになる。また、文献にある定性的な記述から、ある時代のある都市と別の時代の別の都市が同じ数値を持つことが妥当かどうかを判断する。当然判断に幅が生じるのだけど、その場合は真ん中の値をとる。


一番普通の補間方法としては、未知の期間について、毎年一定量の成長を見込んだり、毎年一定の割合の成長を見込んだりするのだけど、この本ではそれぞれの補間方法を取った場合の値をグラフに示した上で、そのどちらよりもゆっくり成長が進んで最後に急激に伸びるパターンを選択していることが多い。それは、発掘された遺跡が示すデータに照らして、一定量や一定割合の成長を見込んだときのプロットだと進みすぎているからなんだそうだ。


エネルギー採取については、最低値が人間の体の生物としての要請から最低線が決まる。栄養として成人一人一日あたり2000kcalは取らないと長くは生きられないので、その他の必要もあわせると一日一人当たり4000kcalが最低線。


過去1万五千年の歴史全体がおおまかにみて、一定割合の指数関数的成長よりも更にずっと近年の伸び方が激しくなっている。ムーアの法則でさえ指数関数的なのに、成長はもっと加速しているようにみえる、ということ。


ただし、細かく見ればもちろん成長が天井にぶつかったことはなんどもあって、前の本でも述べられていたように、ローマや宋のような農業帝国は43点の壁を越えられず、その後衰退した。この本でも、著者は述べている。 「大停滞」が示していることが本当だとすると、それは、産業革命以降の社会モデルが2000年に1000点を越えたあたりでまた別の天井にぶつかったことを示しているのかもしれない、と。


エネルギー採取、組織化、戦争遂行、情報処理、の4つの指標に注目したのはなぜか、なぜ他の指標でないのか、については、著者は、他の指標でも良かった、この4つも互いにかぶっているし、考慮するべきすべての側面を網羅してはいない、と述べた後で、他の指標と入れ替えることで大きな結論が変わるとは思わない、と書いてます。「やれるもんならやってみな」と挑戦している感じ。


で、前の本とは違って、この4つを別々に見たことで、明らかになったのは、この4つの指標の間には順番があって、エネルギー採取がすべての大本で、そのレベルがある程度に達して初めて組織化が進行し、エネルギー採取レベルが更に高くなって戦争遂行、もっと遅く情報処理能力が進展する、ということ。


戦争遂行能力についていうと、現代の核戦争を250点としたとき、たった100年前でも5点にしかならず、200年前1800年で既に1点を割ってしまう。リニアスケールのグラフにすると18世紀以前は何もないようにしか見えない。この本では、0.01点が最低点なので、紀元前4000年から前には点がつかない。


情報処理能力はもっと酷くて、かりにムーアの法則が1950年以降2000年まで成立していたとすると、それだけで1950年のスコアは2000年のスコアの10億分の1になってしまう。ムーアの法則は18ヶ月ごとに倍、というペースを示唆しているので、50年間だと2の30乗以上の伸びになる。なので、そういうITの指標をストレートに使うのはこの著者はあきらめていて、その代わり、昔から人は言語を使い文字を書き、金勘定をし、手紙を配達してきた、ということに若干の点を配分している。


具体的には50点を男性の言語能力と算術能力にあてる。高度な文章をつづり、加減乗除を超える算術ができる男性が成人男性人口に占める比率1%につき0.5点、単純な文章と加減乗除のできる比率1%につき0.25点、名前を含むいくつかの単語と簡単な数勘定のできる比率1%につき0.15点という割り当て方をする。女性についても同様に50点を当てる。現代の西洋(の最先端地域)については合計100点という見立て。東洋も同じ。


これに、情報インフラの普及率に基づく乗数を設定する。現代の西洋の最先端地域については2.5倍。なので現代の西洋は100×2.5=250点となる。現代の東洋は、2000年時点での東京や香港でのインターネット普及率の相対的低さを考慮して1.89倍という乗数が設定されている。


ここから先というか、前がかなり無理がある。1900年についてこの乗数を推定するのに使えそうな、みんなが納得しそうな材料がもうない。なので著者は、「んー、2000年の50分の1ぐらいにしよう」と言って実際そうしている。1800年については「んー、さらにその5分の1」。でそれ以前は紀元前9千年ぐらいまでインフラに大きな変化はなかったと想定している。リテラシーの普及率だけが違っていた、ということ。


推定の方法は乱暴なのだけど、あまり大きく間違っているようにも聞こえない。もともと数値自体は恣意的に決めているので、その大小の精度には意味がない。意味があるのは、同じ方法で算出された数値同士を、西洋と東洋で比較したり、違う時代の数値と比較して増減を語ったりすること。


そしてこの著者がこの本の末尾で語るのは、これからのこと。単純にこの社会発展指数の算出を行うと、2100年には5000点を越えるのだけど、その数字が正しいかを問うことにあまり意味はない。意味があるのは、そうならないとしたら、何が原因となりうるかを考えることだ。そう著者は述べている。「大停滞」のような社会構造の限界なのか、NBC兵器の暴発なのか、それとも。


子供の頃、僕は犬の代わりにロケットに乗せてもらって宇宙から地球を見たいと思っていた。今の僕は Singularity の到来を待ち望む。



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